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春を待つ 伊波虎英
卓上に置きつ放しの聖書(バイブル)は獣舎にねむる象のやうなり
たはやすく人を信じてこはれたる人を憐れみかつ羨しびぬ
この白くにごれる水を牛乳と信じて今朝もつめたきを飲む
未執行死刑囚たちの心臓の鼓動あつめて降りしきる雨
やはらかき春甘藍を嚙みをれば朝の心はほぐれてゆけり
ホスピスのサロンにホイットニー・ヒューストンのCDありて幾度か聴きし
春を待つこころに繰ればデジカメのなかの桜はつぼみを開く
つぼみからつぼみへ春の陽光を口移しして色づく一樹
春服を着られぬビルはていねいに四面の窓をみがかるるのみ
足痛(あしひ)きの富士山(ふじ)は半眼みひらくや三百年の坐禅を解きて
乾兌離震巽坎艮坤(けんだりしんそんかんごんこん)鳴る鐘の埒外にある大(おほ)なゐ小(こ)なゐ
蒼白のゼフィロスがゐて不穏なる〈春(ラ・プリマヴェーラ)〉 一年が経つた
ダモクレスの剣のごとく降る時をビルの硝子は待ち焦がれをり
骨壺がひとつ現る 昼食にカップヌードルの汁飲み干せば
目かくしをはづしてやれば伸びをするクピドを春の空に放たむ