犬の眼  伊波虎英


ブレーキの無き自転車が通り過ぐ風待月(かぜまちづき)のわれをかすめて


まきばしら太き乙女もか細きも蟬羽月(せみのはづき)の街を歩めり


この菊地直子とともにやせ細りゆきし日本の十七年か


食道を逆流するごとエレベーターのぼりてわれを医院へ吐き出す


ここに唯ゐるわれを見る犬の眼の黒さを湛へ位牌は立てり


食は中国にあり炊飯器は日本にありて彼ら大挙す


大鍋を買ひて戻りき大阪で赤児のわれを抱きたる祖母は


一山(いつさん)の寺は暮鐘をならしつつ鳴神月(なるかみづき)の空を巡りぬ