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◆『しんきろう』 加藤治郎歌集
四十八歳から五十二歳の作品四三七首を収
めた第八歌集。
四日後に説明すると俺に言う俺の未来を知っている奴が
十年の時間を買うという夢の許されていて今ぞ失う
厳しい経営環境に直面している勤め先。退
職勧奨や配置転換など社内の重苦しい空気が
歌集から伝わってくる。そして作者自身も、
早期退職して歌人に重きを置く生活と、一家
の大黒柱としての責任の間で揺れ動く。
通勤の鞄のゆがむ地下鉄に新しき歌おこし続ける
これは、会社に留まる決断をした作者の強
い決意表明だろう。
東京勤務となり遭遇した東日本大震災の歌、
早世した笹井宏之への挽歌も収められている。
顔のある群衆の中やわらかな影をあつめて偶像は立つ
駆けてくる少女は初夏の風のよう開のボタンにわたしは触れて
(砂子屋書房 〒101-0047 東京都千代田区内神田3-4-7
電話03-3256-4708 定価3,000円+税)
伊波虎英
◆誌面で紹介できなかった歌をいくつか
何も救えずなにもすくえず雨の日の郵便受けの休会届け
僧園に瞼のような空蝉が吹かれて居たり東の風に
消しゴムの角が尖っていることの気持ちがよくてきさまから死ね
笹百合のさやさやゆれるBlogには永久(とわ)に承認待ちのコメント
弟というにはきみは年若くただ初夏の朝の笹百合
よき歌は頁の上にわろき歌は頁の下に付箋を貼りたり
バタバタという擬態語は苦しくて今日の一日バタバタ終る
週末の店舗の奥に百枚のワイシャツ浮かび白夜のようだ
十分の遅れにだれか処理されて忍者がいそうな半蔵門線
空のどこかで雪が道草してますとDJの声もやさしい聖夜
お盆は大人が集まる日。
王冠のビールの匂い嗅いでいたあの夏の午後少年だった