◆『水の花』 雨宮雅子歌集


 一九二九年生まれの作者の第十歌集。歌集
名は、作者夫婦と交友があり、闘病中に自宅
孤独死した小中英之の<沢瀉は水の花かも
しろたへの輪生すがし雷遠くして>から採り、


  沢瀉(おもだか)は夏の水面の白き花 孤独死をなぜ人はあはれむ 

 
を「水の花」という章に収める。これは小中
と同じ年に夫を亡くし、長らく一人暮らしを
続けている作者の本心であり覚悟でもある。
五十年も在籍した日本基督教団を離教すると
いう決断や、短歌誌の対談で語っていた尊厳
死協会のカードを所持し、保険証の裏には絶
対に救命措置は取らぬよう書いているといっ
た作者の凜とした老いを生きる姿が作品から
にじみ出ている一冊だ。


  午後の陽は卓の向かうに移りきて人の不在をかがやかせたり    
  亡きを恋ふるこころは失せて亡き者とさかひへだてぬさかひに棲めり 
  裸木となりし並木の謐(しづ)けきに厳然とあり立つといふこと 


角川書店 〒102-8177 東京都千代田区富士見2-13-3
        電話03-3238-8521 定価2,571円+税) 


                                  伊波虎英



◆誌面で紹介できなかった歌をいくつか
遠きより雨夜の太鼓鳴りいづる生きとし生けるもの滅ぶると
帽子ふかくかぶり歩むは春の日の消息不明となりゆかむため
宗教の必然あらぬにつぽんのやはらかき土わけて草萌ゆ
死にかはるほかなきわれら列なせり記念切手を購(もと)めむがため
月光はしづかに冒(をか)す 繊(ほそ)き金のくさり垂らしてゐるわが胸を
雲垂るる寒き日のくれ鷹の爪きざめば遠き塔炎上す
ハンカチを泪のために使ふことなくなりて小さき菓子など包む
靴音とひび交ふ鍵の鈴鳴らしまた一人なる夜へ近づく
一人住む家居の夜はしづもりて音なきゆゑに耳鳴りいだす
六月のそこが磁場でもあるやうに水の溜りに雨は輪を描(か)く
へんぽんと翻る旗見えてこよはかなきまでに空青きゆゑ
戦(いくさ)より落ちのびてきし者のごと仰ぐ冬至の夕茜雲
けんちん汁啜りてをればほやほやと胃の腑はぬくきふるさととなる
一房の葡萄が水をはじきゐる朝なりはじく力湧きこよ
足もとの不安きざせど年齢をまたげるやうに一歩踏み出す
大白鳥飛来せしとぞなにがなし翼あるやうな一日となる
曇りつつ猛暑続きて干されゐる黒きくつした弔旗のごとし
無花果のむらさき実る 神々の失せて久しき地上の秋に
紅葉と黄葉まじりきらきらと降(ふ)る坂道の祝祭に遭(あ)ふ
扇風機ゆるく回せば少しづつからめとらるる「時」が見えくる
萎えし花となりて睡れる夜あれば見たまふ人のあらざるはよし
天国が空にありたる幼年の日は星空も高かりしかな