ア・デイ・イン・ザ・ライフ  伊波虎英


寝苦しき夜にひらけば『江戸職人綺譚』に舞ひぬ一会の雪は


扇風機のかぜに時折めくれむと暦の海はさざ波立ちぬ


わが夢に降りし六花のしづけさに日の照る朝の道は濡れたり


一杯の牛乳を飲むけさ生(あ)れし蟬けふ果つる蟬をおもひて


蟬声のするどき朝(あした)輪廻など人間どもの大噓である


真夏日とならむ日、気象予報士はやさしきことを真顔で語る


パラソルの乙女くるくる傘回しつぎつぎ天へ浮かんでしまへ


いつもなら渡つてしまふ信号を真夏日なれば止まりて休む


根元から伸びる木の影揺るるとき涼しき風がわが頰を撫づ


ほほゑみて誰かわからぬ人は見ゆ道の向かうの団扇の面に


おそらくは韓流スター、につぽんの懈(たゆ)き熱風になぶられてゐる


泣きながら喚く県議のやうに降るゲリラ豪雨が来さうな空だ


オルゴールの音にこぼるるビートルズ歯科医に開くわが口は受く


あたらしく見つけられたるその刹那、虫歯はわれの所有となれり


所有する虫歯を放棄するための予約をいれて未来を生きる