扉  伊波虎英


「短歌人」初掲載のわが歌を大森益雄(おほもり)さんが評してくれき


翌月も大森さんはわが歌を月評欄で触れてくれにき


松田聖子が唄つてゐたり薔薇のやうに咲いて桜のやうに散つてなんて


十月の真夏日といふ現実にカクカクくびををふる扇風機


「おじやましまんにやわー」と井上竜夫(たつぢい)は扉をひらき逝つてしまつた


ひとりでに開く扉をなすすべもなく進むしかなき残生か


おのおのの支援者たちに背を見せてクリントン、トランプわれに語れり
 

愛のひとしづく鉛筆  伊波虎英


愛のひとしづく鉛筆ちびたまま四十年ほどわが家にあり


サキちやんは言葉持たねどサキちやんはいつもほほ笑みサキちやんだつた


「みづいろの雨」とか「虹とスニーカーの頃」を聴きゐし少年はるか


バファローズも弱し タイガースとブレーブス日本シリーズ夢のまた夢


マジック定規なぞりて描くカウンタックいびつなれどもその面魂(つらだましひ)


四十回近くつづける24時間テレビを見なくなりしはいつか


呪文めく言葉に多くかこまれし少年期のわが無知をいとしむ
 

まなざしの先に  伊波虎英


骨董を集める金のなきわれは結社誌をよみ歌をあつめる


結社誌を繰りていくつか蛍火のごとく灯れる歌放ちやる


「短歌人」10月号に〈ポケモンGO〉いくつ潜みて人を待ちゐむ


一流の打者のこなしに皆がみな絶好球の初球見逃がす


なぜ初球の絶好球を振らぬかと内気なわれが苛立ちてをり


さはあれど年の離れた弟をみるまなざしの先に鳥谷敬(とりたに)


ひえびえと夏の体温うばひつつ光る刃先は弱者へと向く
 

昭和のお母ちやん  伊波虎英


目が合はぬ選挙ポスターの政治家の見つめる先にあるのは何か


猛暑日の空の隆々たる雲は昭和のお母ちやんのやうなり


組事務所へトラックひとつ突つ込まむとバックでためらひなく突つ込みき


ISのテロとやくざの抗争の恐怖の差異や 遠く鳴神(なるかみ)


液化したピアノが落ちてくるやうにゲリラ豪雨の音は響けり


紫陽花のごとき魂われにあれ雨に濡れゆく靴先寒し


つぎつぎとドミノが倒れてゆくやうにフラッシュの音つづく会見
 

折々のうた  伊波虎英


こんもりと阿蘇の米塚みどり濃き五月となれり暦めくれば


いとけなき耳より入りしパルナスの歌がわが身の愁ひの核か


明るさでおほふ恋慕のいぢらしき大河ドラマ長澤まさみ


なつかしき母の味するコロッケと惣菜屋にてゆくりなく遇ふ


半額の開店セールで購へば思ひのほかにいけるコロッケ


「短歌人」八八八号の八八ページにわが歌はあり


グラビアに施されゐし修正を推敲と思へば美女ら愛(いと)ほし
 

さびしき部屋に  伊波虎英


ドイツ人男性の名に由来するガーベラの紅き可憐を愛す


俗つぽさが気恥づかしくて言つてみるアフリカタンポポが好きなんだ


ガーベラはさびしき部屋に一輪で飾らるべしと強くおもへり


両の手にそつとやさしく包(くる)まるるほどの小さき星空を欲る


脳細胞の死の直前の欲望か無性に食べたきプッチンプリン


厳密に言へばゼリーであるプッチンプリンが春の愁ひに揺るる


皿の上(へ)のプリン危ふげなるさまに揺るれば左脳の波立ちはじむ
 

ワンダフル・デイ  伊波虎英


賞味期限が一日過ぎた牛乳を飲んで始める What a Wonderful day!


春だから腹が張るのか花霞む胃の腑に散らすこなのおくすり


水道の水をそそぎて牛乳のパックすすげば濁れる水よ


二度三度すすぐ牛乳パックから桜をこぼす手品師ならば


透明な水をやうやく吐き出せる牛乳パックをぺしやんこにする


異国よりさくらを恋へるひとの訪ふ日本のわれらみな桜守


すばらしき世界あらずもすばらしき日は誰にでもきつとあるらむ