渡り鳥数えつづける指だけが暮れ残りたる十月の空  守谷茂泰



男とは年を取ることうまきゆえ冬に鱧あり行こうかと言う  森澤真理



   東洋館ロビーにミニコンサートあり

ユーモレスクに曲は変りてカールせるガンダーラ仏の口髭そよぐ  紺野裕子



ひらがなでわれわれと書けば子供らのなわとびになるとう冬衛もさびし  大滝世喜



夕空のきりぎしあかく降るひかり唯一神を論破せし花  西橋美保



仮縫ひの待ち針ひとつづつはづし服仕上げるに似たる子育て  杉山春代



鉛筆も飛ぶことありてステンレスの流し台にて着地してをり  中島美智子



小春日の光をあつめゆさゆさとゴールデンレトリバー路地をせばめ来  池田弓子



二十年振りに握りし友の手の肉(しし)ふっくらと富者のぬくもり  遠藤今曜子



何か入れ誰か出だして捨てられしビニール袋川を流るる  三木伊津子



死者をいうニュースばかりの新年のテレビを消して障子をひらく  工藤妙子



朝々に雨戸すべらすその音の同じとおもひ否ともおもふ  山下柚里子



泡盛のレッテルのよう沖縄は明るくならねばならない宿命(さだめ)  森田直也



木枯しがひとり歩きのコツとなるてんぷくトリオ三波伸介  柏木進二



心(ハート)をふたつ持つゆえ苦しむロールパンナに心を寄せる吾子は四歳  柏谷市子



書き初めは万年筆にあたらしきヰンキを詰めて辞表認(したた)む  冨樫由美子



観光の目玉のひとつ なまはげの認定試験の記事に笑うも  渡辺三知也



この町の入口に大きな標識が「神は存す」とあればほほゑむ  田中浩



家庭用のこのプリンターのこの遅さ屋根より雪がどどどと落つる  椎木英輔



「角(つの)のある椅子」ありとせば解釈を拒否する短歌(うた)もきつとあるべし  伊藤俊郎



美しき錯覚などは捨つるべし虹の彼方はたたかひの空  若竹英子



君の名を記せし歩行具病棟の真夜ひそやかに羽繕ひすらし  青木和子



警官が車線を変へろと指示すれば車線を変へて進み行くデモ  冬野由布


     ☆


◆<卓上噴水 114>より


「日暮れうた」春畑 茜 
くもり日の池の底ひにうち沈み互みに鯉は彩(いろ)を寄せあう
柊の花の匂いのやさしさよたとえば母の日の暮れの声
菜種咲く外のあかるさ窓を占めひととき暗しわがゆくバスは
祖父ながく病みいし日々の匂いせり龍角散は舌にとけつつ
晩年はいつとは知らにおとずれむ夕闇に眼が慣れゆくように  春畑茜