ブルカ脱ぎしをとめのごとくかがやけり根雪きえたる越の山々  金沢早苗



ひとり居が二人居となりシーア派スンニ派ならねただごとならず  木崎洋子



いく人もひと入るる花のかまくらに心はなちて花の気もらふ  寺島弘



うるみゐる水晶盤をあふぎつつ桜のしたは夜の楽園(ハライソ)  倉益敬



ゆくりなく咲きたる花の影つよく人の輪郭を曖昧にする  大谷雅彦



晩年のさくらありけりそののちの落花落花にしたがふこころ  三井ゆき



花びらのとまりしところ石垣のいびつな石のさびしさ思う  佐藤慶



清明の朝にしづくをふり零すをさなきものは黄の傘を手に  春畑茜



夕暮れの橋渡りくる自動車のヘッドライトの中に雨降る  藤本喜久恵



八朔をまるごとふたつ食べ終えて三キロ痩せたるごとく疲れぬ  関谷啓



ハンバーグにフォークを刺しておもひたり菅原洋一加古川生まれ  吉岡生夫



白魚のかろきをまさに飲み込めり神神の留守といふにあらずも  山下冨士穂



<馬の摩羅(うまんまら)>黒く艶持つ餅菓子はいま<春駒>と呼ばれゐるらし  川明



眠れずに付けし深夜のテレビにてゆで玉子の正しい茹で方教わる  北帆桃子



左みる選挙ポスターほんとうは右みてること私は知ってる  永田吉



白きシャツ陽にかがやかせ献血のバスを降りくる若き警官  村山千栄子



蒟蒻でダイエットする試みの寂しさのやうな遠い戦争  西王燦



トラックの荷台へ放置自転車は積まれゆくなり子牛のように  今井千草



牡丹花のやがて終はりの緋の色に崩れむとする国家ほの見ゆ  武下奈々子



極楽湯過ぎて左へ曲がりける線路は西へ行くためのもの  梶倶認



電線は森まで延びて巣立ちたる烏の雛を三羽止まらす  平野久美子



巣から落ちた二羽の小禽のやうに立ち父と母とが見送る吾を  松村洋子



心臓を吐かば炎のかたまりぞ壮年つねに休まば焼かる  本多稜



口中に一本の歯もなくなりしのちに子づくりし一茶おそろし  小池光



風といふかたちなきものわが頭(つむり)撫でてゆきたり在りし手のごと  蒔田さくら子



マジックで書かれたやうに病名を告げられたとふ夫もどり来る  檜垣宏子



粉薬飲み下すとき天空の裏側見たしとふいに思いぬ  高野裕子



食前を祈りゐる妻のかたはらをただ然り、アーメンと唱和すわれは  水島和夫



てにをはの話題が何時しか死に方のコツに至りて電話が終はる  明石雅子



眠りゆくまでを聴きいるピアノ曲こんな音として消えてゆけたら  相川真佐子



懸命に泣きゐる声はみどりごの一万メートル上空の声  中地俊夫



花水木はじめて見る子を抱きつつ五月の空のした抜けられぬ  宇田川寛之



アリア唄うパヴァロッティの胸処よりゆたかなる雲わきいづるかな  木曽陽子



このたびはブリに昇格しましたとハマチは言わず泳げるばかり  室井忠雄



隣り家に空巣が入り家中に金がないのでマヨネーズ撒く  小松重盛



押さえつけておみなを犯すそのような気分も思い落ち葉を詰める  橘圀臣



隠れ煙草で小火を出したる校長の記事を読みつつ何かかなしも  西勝洋一



百円の磁石でさへも北を向く書斎の窓に柿若葉萌ゆ  大森益雄



「なんでかねー」と言ひはぐらかし謝らぬこの沖縄(うちなー)の家刀自(おばあ)なれば  渡英子
            

 
                                                   (2007.1.2.記)