機関(からくり)の半ば見えたるボールペンのやうにはらから母を見舞へり  大森益雄



わたくしに木の時間来て弟のゐることさへもいつか忘れむ  渡英子



煙草族ひそと寄り合ふ屋外のベンチ遠流と近流のあはひ  武下奈々子



氷雨はや雪に変はるかマンホールの蓋のみ白く浮かびて見ゆる  西王燦



その場凌ぎに笑って見せる女なり後生大事の付け睫毛濃く  平野久美子



コンビニの裏手の壁に黒き染みありてそこより他界と思う  藤原龍一郎



豪雨より帰りしコートは生活の死角に小さき湿地を生みぬ  生沼義朗



レア・ガニメデ・フォボスダイモス 夜の湯に浮かせた柚子のきんいろの影  早川志織



未来とう言葉まぶしくよぎりゆく 子の後ろ髪そろそろ切らねば  鶴田伊津



不敬罪こそ美的最高犯罪と説きたる父もいまはもう亡き  橘夏生



<内乱が明日起きても不思議ではない国>の夏 大陸のなつ  長谷川莞爾



蛭のごと数字がわれに張り付きぬ万人坑の骨の番号  本多稜



盛りあがり今くづれんとする波を岩のかたちに留めて崋山  本多稜



おゆびもてひつたりと添ひうるほはせ徐々に強うす拓本のわざ  本多稜



羅怙羅(らごら)尊者蘇頻陀(すぴんだ)尊者諾誥羅(なごら)尊者何者かしらねみな憤る  小池光


 
野ぼとけが欠伸してをり島根県鹿足郡柿木(かのあしごほりかきのき)村に  倉益敬



知らぬ間に何かうしなふ夕暮のありけり街に蝙蝠を見ず  倉益敬



人知れず真夜中に降る雪のこと泥棒雪(トドクヌン)とや明日はそうかも  加藤隆枝



歳の尾の石段ひとつまたひとつひとときわれと影の下りゆく  春畑茜



借財を返せしここち大晦日に歌集の礼状を9枚書けば  西勝洋一



歯科医院多き駅裏まざまざと口腔いくつ照らされていん  岩下静香



見上ぐるはなにか恥づかし白々と垣根に干せる大根の列  秋田興一郎



われの身に差し込まれゐる管の数十三までをかぞへてやめぬ  川明



手巻寿司焼肉スキ焼鍋料理ひとめぐりして孫は帰りぬ  永嶺榮子



言葉みな空のあをさに透かしつつ水ぎはをゆく春のはじめに  大谷雅彦



コモドオオトカゲも神に犯されき処女懐胎の赤き舌出し  八木博信



にせものの裸は踊り年明けてひと一人死ぬNHK  八木博信