大いなる象の背中にゆっくりと冬の日だまりはこばれてゆく  荒井孝子



杖を持つふたりの人がバス降りて杖二本持つ人ひとり乗り来(く)も  川井怜子



カーテンのあらき織り目に数時間おくれの朝が行きなづみたる  松野欣幸



始業の日小緩き坂の自転車に冬の朝日はまぶしかりけり  野村裕心



誂へしカバンの色のあなさびし平目と鰈ほどもちがひて  花鳥佰



新しいボールペンにて書き記す去年と同じ自分の名前  森直幹



オーガニックですと言われて一本の大根またも値を上げている  川口かよ子



特等のソファより一等の米がよいなど思ひつつ回すガラポン  神足弘子



歳晩に届きし鹿の肉見つつ撃ちたる兄と心隔たる  柊明日香



冬日さす木市に母はいつもより速き歩みでわれは従きゆく  久保寛容



感嘆符付きたるごとき声あげて耳遠くなりし母との会話  木村悦子



『パート募集時給九百五十円六十歳まで神社巫女』  西尾睦恵



(ぜい沢は敵だ)の標語に“素”を入れし戦前市民の儚なき抵抗(レヂスタンス)  新井礼



君が見てる世界を私も見たいから眼球ひとつ分けてください  生野檀