不安に名前をつけむ不安に名前のあらば不安は消ゆる  弘井文子



持ち物のすべてに名前が書かれてた時代を通ってきたわたしたち  砺波湊



密林に羊歯が伸びゆく音を立て君はボトルの水を飲み干す  関口博美



つまみあげ朝の空気にさらすとき角砂糖から溢れるひかり  中井守恵



牛丼屋メニューに牛丼無きところ苦肉とは苦しまぎれの肉  萩島篤



文字からは毫も分からぬ一事あり吉川宏志は早口のひと  斎藤寛



早朝の雨のミラノの石畳小型の車うづくまりたり  針谷哲純



命の樹と呼(よ)ぶにはおかしなかたちなる長ぐつに来てせみが羽化せり  田平子



永遠とあなたが言えば永遠はきっとあるのだ赤塚不二夫  花森こま



フリーランス」とカタカナ言葉を名乗れども非正規雇用のひとりに過ぎぬ  長田貞子



夏休みのテレビに“モウー”と啼くキリン 牛の仲間とはじめて知りぬ  佐久間巴



ここ晴嵐の地名こそふさへ自刃せし今井兼平しづかに眠る  山室淑子(旧 三良富士子)