◆永井陽子遺歌集『小さなヴァイオリンが欲しくて』(砂子屋書房 2000年) 592首。


『てまり唄』以後の作品を発表順にすべて収録した遺歌集。
「うさぎのひとりごと <遺稿>」として未発表作品11首も収録されている。
1988年に雑誌に発表した小池光氏との〔手紙詩〕往復書簡短歌「うさぎめーる」
(永井陽子氏の作品10首と小池光氏の作品11首)も収録されている。



水のやうになることそしてみづからでありながらみづからを消すこと 


くたびれたたましひたちのつばさにも似たるくつした星空に干す  


たましひのすみかといふはからーんと青く大きな瓶(かめ) さう思ふ  


縄文の人らはどんな言葉にて語りしやこの空のあをさを  


熊手もて星をあつむる夢を見き老いより解かれはなやぐ母と  


捨てられてわおんわおんと海底に泡吐く木魚夢に見しかな  


駅のほか見知らぬ土地や手に受けて冷たきものを雨と呼ぶなり  


多忙なる汝には見えぬ縄梯子ひそかに編みて秋のいちにち  


大空のネヂもほほけて垂れ下がり都市さへねむたさうな休日  


見なければよしとぞ閉づるまなうらになほ降りやまぬ銀の針雨  


錠剤を掌にかぞふれば兆しくる死の芯のやうなものあたたかし  


棺の内にもれんげ畑はあるでせう少女はすこしほほゑみゐたり  


ポケットのない洋服を着る日にはすこし動物めきてゆくこと  


風向計もひそかにつばさ折りたたみなんとしづかな休日だこと  


なう、鳩よ この街の人はみななぜか語尾のするどき言葉を話す  


ぎゆんと引く凧糸 寒の青空も引き寄せてのちひやうと緩める  


この世からさまよひ出でていかぬやうラジオをつけてねむる夜がある  


扉の外に捨て置かれたるうしみつの傘は舌など出してをらずや  


ゆふぐれはサボテンと化すこころかな夕陽にトゲが突き刺さりゐる  


冠のごとかがやく夏の雲高しがんばることをやめたる朝に  


人生の版画凸凹なる版画刷り出だすべからず詩歌には  


叩くたびビスケットのふえるポケットが欲しい日暮れに母を呼びつつ  


日常のこころの内の鬼ごつこくりかへしくりかへしだあれもゐない  


透明になりて次第に消えゆけりどこにも居場所のないかたつむり  


いつの時代のわらべがほうと吹きたるやタンポポの種子窓より入り来


 
                                         (「虹のつぶやき(66)」より転記。)