アンソロジー

旅に出る後めたさを覆うごとおでんの匂い部屋に満ちくる 林むつ子 らんちうの餌に染ませて与へると冷蔵庫にはヤクルト十本 吉岡馨 砂あらしの中から聞こえてくる声を神託とする占いがある 天野慶 舌を突きたてて炎えぬるビル群のほてりをさませ白き月光 松野…

前に不か後ろに福かぼんやりとあなたの名にある幸を見つめる 工藤足知 鍋の柄がグラつき出して手元から何かが揺らぐ十八年目 中野順子 鴻毛のやうな情報もてあそびひらりひらりとうごく指先 伊東一如 レモン二個夜のテーブルに寄り添いて互の光浴びて輝く 北…

義援金送付しつつも被災してあの野郎くたばってろと願う 木嶋章夫 街に古り馴染みし東京タワーなれ地震(なゐ)のいたみを分けて曲がりぬ 蒔田さくら子 一葉一葉真面目に光を浴びしゆゑセシウム検出されたる茶の葉 管野友紀 着なれない作業服着て言ひ慣れな…

森を透きて遠き水べの明かりつつ犬と人行く世は事もなし 酒井佑子 第一徴兵保険が東邦生命となりAIGエジソン生命保険となりぬ 室井忠雄 いちにちの一番大事なことを言うとき子の唇(くち)は少しとんがる 鶴田伊津 近代の歌人を貧乏と金持に分け、貧乏に…

波照間産黒糖あまみふかくして恋おほらかに育つ地の味 竹浦道子 離れへの歩幅に合わぬ飛石をゆくとき足よりゆうぐれはくる 平林文枝 水を足す硯にひかり砕けいつ 五月晴れなる六番札所 蜂須賀裕子 お父さん・親爺・じいじい、こもごもに死にゆくあなたを引き…

四月なり新年度なり無職なり片目を開けて犬が視ている 納谷孝 ドーナツを半分に割るドーナツは2つになるが穴は無くなる 田所勉 音量を上限近く上げたりて画面に向かひ激怒する父 早坂泰子 三味線で鍛へられたるセツさんの腕にてポンと肩を叩かる 神足弘子 …

新しき洗濯バサミ使うとき指先はバネの力よろこぶ 中野順子 曇りつつひかりあかるしわが耳と耳のあひだで鳴きやまぬひばり 大室ゆらぎ たちまちにカネと人とは去りゆきて「あのころはよかった」だけが残りぬ 野上卓 図書館のちかくにそびゆる議事堂はからつ…

日常は些細なものに支えられ商店街のニセモノの花 天野慶 引くことを知らぬ少女の傘のなかおかっぱ調の正論をきく 有朋さやか 「世の中はあなたのために出来てない」他人が言えば臓腑にしみる 生野檀 天井や壁に亀裂を走らせて今はみずから伸びる地下街 猪幸…

二十三、二千十一、三、十一。素数並びし日の午後の惨 西崎みどり 節電の小暗き店に入りゆけば余分なものに心はゆかず 森敏子 觔斗雲ひとつうごかず浮きてゐる福島へつづく空のくぼみに 長谷川知哲 青き十字架後ろ身に付く防護服着てをり一時帰宅の人ら 竹内…

未来とは明るき日々と思いしにその名かなしき鉄腕アトム 藤原龍一郎 回文の凄まじさよ子らが言うホアンインアホホアンインアホ 足立尚計 「福島の人は来るな」とわが愛車に書かれたりはらからの土地に来たりて 柿沼良訓 原発の作業員らにモザイクをかけて感…

引き出しの隅にありにし耳かきを使えば古いくしゃみが出でつ 多久麻 みどりごの耳朶(みみたぶ)染むる夕日影車内にしばしの荘厳があり 三井ゆき 見るたびにビルに埋もれて通天閣頑固爺の顔をしながら 川島眸 やまとだましひとはあなかしこまほろばの大和ほ…

かざぐるまてんでに回りどのくらいたったか 少し縮んで帰る 猪幸絵 捏ねられてレーニンに化け鳥居に化け混凝土(コンクリート)の近代あはれ 花鳥佰 カワセミはいつもの枝に止まりしを指し示しても見えぬ人あり 立花鏡子 誰からも離れていたき私に鴎は何か問…

螺子巻けば柱時計は渾身の力もてこの春をゆかしむ 三島麻亜子 似顔絵が書けたらきっと知り合いの全てを笑顔にしてあげられる 上原康子 人間の不自由は傘をさしながら歩けりブロンズ裸像の前を 川井怜子 これも網 ストッキングを脱ぐときはつま先振って遠くへ…

穏やかな朝の気持のそのままに花に水やる夕べとなりぬ 榊原トシ子 良い桜今年の花は格別だ天国で見るはずだった花 吉原俊幸 ビルの間に白き太陽沈みゆくわが存在の無き日想えり 石川普子 薄氷をめがねにかえてながむれば人も車もやわらかきもの 村上喬 咳を…

にわかにも押し黙るとき弟は木菟 (ミミズク)のごとひんやりとせり 木曽陽子 怒らねばならぬと思う思いつつドアを開ければ笑うんだろうな 高野裕子 唾を吐かなければ中国人ではないといふごとく中国人唾を吐く 山寺修象 われが警官ならわれに職質す、とおも…

今日明日と言われし母は代わる代わる子等とねむりてそして逝きたり 平林文枝 信仰を捨てしにあらず<信仰するわれ>を捨てたり父が死んだ日 生野檀 道問はれ吃りつつ喋るこのわれがもつとも憎し噓教へたり 田中浩 カラカラと笑う上司の眼の奥に怯えのごとき…

スーパーに空棚あれば近よりて何置く棚か表示読みをり 川井怜子 何か背負っているのだろうが頼むから冬木のように立たないでくれ 納谷孝 ビルの間を沈まんとする太陽はごみ箱ひとつ美しくせり 田上起一郎 ブロッコリーの粒粒なべて花となり野菜畑に異形をほ…

目の覚めて夢だつたのかと気付くまで時間がかかるやうになりけり 牛尾誠三 旅自慢の老人ひとり話すうちぽつりともらす子らとの疎遠 山根洋子 わたしには見えない道があるようでヘリコプターは今日もまた飛ぶ 黒崎聡美 寝ようかとまぶた閉じれば暗闇に「死」…

地上みな漆黒の闇その空につきさす様な細き月あり 下舘みえ子 こんな夜に星をみようときみは言うきみが夫でよかったと思う 黒崎聡美 吉兆としてまたたけり少年の少女のゆめに春の星々 藤原龍一郎 震度6強 日常断たれ見あげればオリオン痛きまでにかがやく …

原子力発電所崩(く)ゆ終末のむかうの未来かがやかせつつ 菊池孝彦 傷ふかくながく苦しむ原発は吾が産みし子のひとりなるべし 吉岡馨 航空写真原発のはだか我に見すさびしかりけり日本といふは 田上起一郎 立ち上がることはおそらく無理だらう平成の代に日…

悲しみはテレビ画面をあふれだしわが乱雑の部屋を満たせり 藤原龍一郎 早く逃げてとテレビ画面に右の手を我は思わず差し出しており 山本栄子 ビニールハウス呑まるるにただ息のむのみ空ゆく鳥の目となりわれは 古本史子 瞬く間に波にのまれし町おもひ人らお…

家族の茶碗静かに洗うエレベーター停まりし計画停電の朝 平野久美子 掃除機のコード最後までしつかりと引き出せといふはがききて笑ふ 小池光 阿と発し吽と応じて一対の狛犬確かめあはむ深闇 蒔田さくら子 遠雷か雪崩かあれはああ冬が帰り支度をしてゐる音だ …

はりつめる寒波をはがし流氷の果てより上る<四角い太陽> 林とく子 クロッカスが芽を出しはじめ私には見えない春のスイッチを押す 滝田恵水 力瘤ちひさくなつた夫のため五粒のチョコをデパ地下で買ふ 佐和美子 地震(なゐ)ありて画面しばらく穏やかな海映…

ポケットに手を入るるときなかにあるモノをかならず握りてをりぬ 長谷川知哲 君が呉れた手袋すれば君にメール打てなくなりて淋しくなりぬ 勺禰子 駅前に並ぶタクシーが表示する「空」と云う字に雪ふりかかる 伊藤直子 空を飛びニューヨークからやって来る生…

一日は長過ぎるゆゑ九時間は眠り人生を短く使ふ 大室ゆらぎ 一日をかけて歩みし五千歩もゼロ歩に帰する真夜中零時 田林昌子 こっせつのしゅじゅつこんある少年と分け合い飲んだリボンシトロン 今井ゆきこ 少しづつ荷の減つてゆくホームレスと荷の増えてゆく…

鏡中にゐて美容院のながき時間いづこか遠き壁夕焼けす 酒井佑子 あたためたミルクのようなあやうさだ誰かひとりを愛するなんて 鶴田伊津 「自治会を退会します」一枚の紙差し出して去りし人あり 林悠子 新しき眼(まなこ)に写る妻の顔くっきり見えて面白く…

そこにいよと花が言いますわたしからすぐにも離れたがるわたしに 谷村はるか 返された笑顔は理解することを投げだす合図わたしもわらう 猪幸絵 てのひらに乳液馴染ませつつみこむもうねむそうな母の両頬 平林文枝 ふる雪の勢(きほ)ひしづかに増しくればリ…

袋から出てる頭を引つぱつてしつぽから食べるたい焼きが好き 勺禰子 神様がゐやうとゐまいと私(わたくし)は真白(しろ)き便器がとつても好きだ 黒田英雄 山形弁愉しむやうな茂吉ゐて「随行記」読めば心なごみ来 荘司竹彦 あらがはぬことのすがしさ裏表あ…

あたたかい牛乳のにおいやさしい、とだんだんわかるようなひとがいる 梶原治美 通るたび両手に抱きし大銀杏いまぞ知りたる抱かれしはわれと 岩崎堯子 去りてゆく父の姿に似ていたり毛筆で書く海という字は 有朋さやか 展望台に君と並びてかぶりつく山賊むす…

三匹目の兎に乗ればこの先の十二年間はおそらく速い 生沼義朗 昼の月見つけたる子のよろこびに目線合わせるためにしやがみぬ 鶴田伊津 青空を南南西より引き寄せる握りこぶしのやうな雪山 倉益敬 かなしむやうにふる雨の秋 東京のひとはスカイツリーの話ばか…