短歌人(月例作品)

残生お見舞ひ 伊波虎英 バカ犬がまた吠えてゐてこの町の気温きやんきやん朝から上がる シャンプーと同じ香りの歯みがきで磨かるる歯に脳はおどろく 残生お見舞ひ申し上げます 夏空に定形外のしろき雲わく 愚策なるプレミアム付き商品券なれども愚民のわれは…

夏の日時計 伊波虎英 ひかがみに光あつめて街をゆく乙女は夏の日時計である 押し寄せる中国人の爆買ひの「爆」に「恭」の字ありさうでなし 外つ国の人が大勢行くといふUSJに一度も行かず づば抜けて歌の上手きはキム・ヨンジャなれど桂銀淑のこゑに惹かる…

坊さんが屁をこいた 伊波虎英 鳴きながら低く飛びかふ燕らの喪のよそほひが雨を呼び寄す あぢさゐの藍の輪廻の転生の顔がいくつも涙に濡るる いつ生まれいつ死ぬるのか知らぬまま生まれて生きていつか死ぬのだ 坊さんはいづこで何をしてをらむ通夜に流るるテ…

○ 伊波虎英 木(こ)の暗(く)れのしげしげ見られゐる洞にぴつたりはまる詰め物の銀 今日もどこかでジョンとポールの歌声がきこえる青きあの星が地球 やはらかき五月の風の重なりて唯一無二なる聖典となる 何も盗らずに逃げたコンビニ強盗のごとき、然れど…

桜のうた 伊波虎英 ひと年(とせ)をかけて桜は大いなる肺活量の呼吸ひとつす 春の日のへうめんちやうりよく満開の桜はおほき水の粒なり 花霞のむかうにぼんやり見えてゐるやうな気がした昭和の家族 白髪をもたぬ老木おそろしや萎るることなく散るさくらばな…

三月の耳 伊波虎英 松島アキラの「湖愁」流るるラジオにて母の青春よみがへる朝 一杯の水飲みて寝るならはしは朝のゆまりの爽快をよぶ 廃屋の解体されて後をなほ黒猫はゐて更地を統べる 放たれて花粉まみれの蝶は舞ふ可憐なくしやみ響く車内に 啓蟄の耳より…

如月の空 伊波虎英 やり場なき怒りのごとし靴ひもはほどけて朝の道を撲ちたり 道ばたでスニーカーのひも結ぶ背にシリアにつづく如月の空 惑はずに来るあすあさつてしあさつて人は惑ひて靴底減らす 久々に板チョコ食べむと手にとれば余りの薄さに哀しくなりぬ…

年末のうた 伊波虎英 冷蔵庫ひらけば明く照らされる賞味期限の日付の過去が 細胞を噓で真つ赤に光らせて理研を去りし小保方晴子 薩摩切子の赤いグラスが心臓に埋まつてゐさうな微笑みだつた 老人は明るい未来へ突つ走る高速道を逆方向に 寒天で固めるための…

ろうずモノのうた 伊波虎英 二十年使ひてきたるナショナルのこたつ静かに点かなくなりぬ パナソニック製ももうない。 絶滅危惧種タイマイのごとく怯ゆるや店に寂しくありてこたつは 幼き日おこたと呼びしこたつにはこたつにはなき温もりありき ダイソーに温…

神を折れ 伊波虎英 百合の花おほきくひらき晩秋の部屋に香りをつよく放てり 一枚の紙より生れし鶴たちが群がり垂るる祈りの嵩に 重なれる絵馬と絵馬とにはさまれて身動きできぬ神のをるらむ パンプキン色のドレスにあらはなる細き手足がハロウィンを告ぐ み…

秋のうた 伊波虎英 店先の新刊本にここちよき沈黙として文字は収まる どこからか香る金木犀ほどに存在感なき日本の力士 逸ノ城(イチンノロブ)が四股ふめば土俵に薫るモンゴルの風 モンゴルの大草原をまろびゆく風 ブロノンチイ、グヤホンタルア 戦力外通告…

神の寝息 伊波虎英 二学期がもうぢき始まる少年の自死へのカウントダウンが始まる すれちがふとき傾きておのづから意思もつごとく傘は進みぬ ひと恋し。火とぼし頃の戎橋、綾瀬はるかを見上げて渡る <ひとつぶ300メートル>看板のランナー永遠(とは)に…

ア・デイ・イン・ザ・ライフ 伊波虎英 寝苦しき夜にひらけば『江戸職人綺譚』に舞ひぬ一会の雪は 扇風機のかぜに時折めくれむと暦の海はさざ波立ちぬ わが夢に降りし六花のしづけさに日の照る朝の道は濡れたり 一杯の牛乳を飲むけさ生(あ)れし蟬けふ果つる…

鍵穴 伊波虎英 「目覚めよと呼ぶ声あり」のオルガンが礼拝堂へ誘(いざな)ひし三年 鍵穴のどこにもあらずポケットの鍵は小銭を穿たむと鳴る 大阪は神のすむ場所、吉本に桑原和男が元気なかぎり わが首のうへのみ晒し理髪師は白雨のごとく白髪(しらが)を降…

馬馬虎虎 伊波虎英 江戸の世の阿片にまつはる物語よみゐたるときASKAの逮捕 蠟燭にたとへられたる陳腐さの命を生きることもむづかし プラットホームの下に転がる空き缶の麒麟に星を見せてやりたい バラの香の渦巻きをもて蚊を殺す馬馬虎虎(マーマーフー…

五月のうた 伊波虎英 五月とは街ゆくひとが誰もみな青眼をして迎ふる季節 精神がでぃらんでゅらんと移動する五月の風にほぐされながら 壺中の天めがけビルから飛び降りる勇気はなくてスマホをのぞく 猫の目と犬の目のひと語らへり小鳥さへづる音色をさせて …

折々のうた 伊波虎英 「茹で損なひの枝豆みたい」といふ比喩のいかにも江戸に居さうな男 片つ端から山本周五郎を読みかへす気力なきこと哀しみのひとつ さ、くら、さく来世の花を天守より見おろしゐたる秀吉とわれ 生活が顔に出でたる美人にはなかなか会へぬ…

冬の感傷 伊波虎英 氷上に揺れつつ灯るいつぽんの和蠟燭かな、ああ浅田真央 小学生の頃をしみじみ思ひだす朱川湊人の本にひたれば 車庫の上(へ)に共同物干し台ありき冬の真昼の満艦飾よ 洗濯物取り込まるればプロレスのリングとなりし物干し台は 「珈琲の…

冬の星 伊波虎英 歌ひとつふたつノートに書きうつす冬の星座を匿ふやうに 児に神の宿りてをれば母が児を詠みたる歌も神を宿せり ささやかな死後の名声乞ふ自称詩人がつむぐ繭、夢、冥途 岡田栄悟の名は忘れても佐村河内守といふ名は忘れぬだらう 刹那、燃え…

新年のうた 伊波虎英 去年今年貫く棒の錆びたるを感じながらに新年迎ふ せめてもの慰めなるか新年は暗き夜から常にはじまる 三キロのダンベルを手に三時間あまりを立ちて過ぐる新年 ペットボトルに去年だれかが汲みくれし天然水を新年に飲む 元日の朝もラジ…

折々のうた 伊波虎英 大盛りのパスタをもみぢ山となすトマトソースをたつぷりかけて ホームドラマの流行らぬ今を独り身のわれは癒さるホームドラマに やがて散るために染まりし紅葉かとおもへば侘し美魔女といふは テロップに父とおなじき名の端役見つけて母…

冬へつまぐる 伊波虎英 立冬が近づきたれば身に沁みるうどんのつゆが恋しくなれり 芝海老のふりしたバナメイエビ達が待合せするホテルのロビー 柔らかさ求めるはてに牛脂注入加工肉へと至りしわれら 人間を遂にやめたる人間が街をさまよふ猿のすがたで なに…

年末恒例題詠◇わたしの愛読書 宗教で囲へば逃げてゆく神のあかんべえする桃色の舌 二十年前に手にした遠藤周作の『深い河(ディープ・リバー)』 には、学生時代に親しんだ彼のこれまでの作 品(キリスト教系の学校に通っていた僕にと って遠藤周作の数々の…

秋の訪れ 伊波虎英 製菓場の跡地に埋まるエンゼルの墓碑として建つ分譲マンション 吃音の男児が ま、ま、ま、吃るたび ま、ま、ま、真つ赤な曼珠沙華揺れる 公園の鳩はついばむぽたぽたと老婆がこぼしゆける記憶を ユニクロのチラシが秋の訪れを教へてくれる…

おほいなる交合 伊波虎英 恩愛は助詞の「の」にあり〈精神の病〉と宇多田ヒカル記せば 七年ののちの五輪の開催をよろこぶ人をテレビに見をり にんげんが汚せし海と交合(まぐはひ)を遂げたる若きイルカの夢精 怒(いか)ること知らぬイルカはおほいなる交合…

八月のうた 伊波虎英 ペットボトルふふむ少女は指さきに可憐な花を咲かせてゐたり 八月に生まれし母子に母だけが知る夏ありぬ二十二度(たび)の 「栄光の男」の歌詞のある箇所が心にひびき深く落ち込む 唖蝉のやうに黙してスマートフォン撫でる少女の熱き血…

カメラ・メランコリア 伊波虎英 鬱鬱と梅雨の晴れ間をゆく我はレンズキャップの外れぬカメラ ユニクロへステテコ買ひにゆく時も監視カメラに見張られてゐる 証明写真の機械のなかに入りたる人の脚だけ見て通り過ぐ 日常に潜む運命をやりすごす防犯カメラのダ…

DIES IRAE (7) 伊波虎英 黒日傘さしてゐるかのやうにゆく顔みな暗き日本の男 古書店に歌集ひらけば付箋あり「言葉が多い」とのみ記されて 網の目をまとふキリンの舌黒く脱走未遂兵のごと伸ぶ 軍場(いくさば)を入り乱れては嘶ける馬に滲める汗、…

DIES IRAE (6) 伊波虎英 百尊の千手観音十万の手をうち振ればさやぐ新緑 世界遺産を辞退もできず富士山は噴火する日をしづかに待てり まばたきをせずに見つめるまばたきをせぬまま語る石破茂を のんびりと湯船につかる日本人少なくなりて改憲近し…

浪花かしまし 伊波虎英 咲き急ぐさくら三月たかじんが戻つて来たと浪花かしまし (濁音のある)ラジオから(濁音のある)テレビへと澱は積もりて (濁音のある)テレビから(濁音のない)ネットへと上澄む世界 百グラム体重減るはなにゆゑか左足からはかりに…