2008-01-01から1年間の記事一覧

アルキメデスの鼻唄 伊波虎英 蝙蝠がねむる真昼の洞窟を秘めもつわれら春に昂る 緋のバイク疾(と)く駆りたきをぬねぬねと家々めぐり郵便夫老ゆ ゆび先に魚信(ぎよしん)のはつか伝はれど『41歳寿命説』獲(え)ざり ジェラシーの濫觴(らんしやう)ならむ…

子の指の跡の残りしどろだんご陽光のなか乾きてゆきぬ 鶴田伊津 領収書の束が結局私を現すものと成りいるあわれ 生沼義朗 手ざはりのざらつく写真一枚をアルバムと呼ぶ砂より拾ふ 西恕Wみどり 石鳥居くぐればのぼる石段のうへ春分の日の丸垂るる 川本浩美 最…

対岸に乳歯のような灯はともり河のいちばん優しい時刻 森澤真理 夜の雨屋根を叩けば耳ふたつ在ること不意に罪人(つみびと)めきぬ 守谷茂泰 秒針が四十三秒でつまづいてのぼりきれないやうな静寂だ 矢野佳津 きみの手にいまだ萎れぬ鬱金香わが手にあればい…

たつぷりとインクつまれど字の書けぬボールペンのやうな人に会ひました 川井怜子 川の字に寝たる記憶のごと風に触れあいており家族のパジャマ 前田靖子 間違えて乗りたるバスに揺られつつ虹たつ橋のいくつかを過ぐ 柊明日香 真夜中に鋭くひびくベルの音途切…

ぽっかりと奈落が口を開けている闇夜木蓮ましろに咲けば 立原みどり 秒針がチック、チックと動くたび時は形となりて現る 四屋うめ 死者生者ともに澄みゆく花のころひと多き二年坂を歩きぬ 関口博美 解剖は水平に置かれ解体は吊されてゆく死の重量に 服部文子…

「清徳丸」谷村はるか 久保山さん久保山さんとわが祖母は縁者のように日々口にする 石本隆一 吉清(きちせい)さん、と耳が聴くとき久保山さん久保山さんと呼ぶ人の声 それぞれの船にそれぞれ海へ出る理由 人生は演習じゃない 航海長当直士官水雷長艦長海士…

幸田露伴の喜寿の祝ひに招かれし茂吉の礼状一階に無く によつぽりと黒々なれる鬼貫の句の一行がわがまへに立つ 芥川、露伴、漱石それぞれの色紙の文字のしづまりを過ぐ われのみが部屋に居てみる四つ折の筋目のこれる用箋二葉 用箋の罫を無視せし文字ぴたり…

◆「夜の窓、朝の窓」内山昌太 のびやかな影を曳きつつ老い人は午後の陽射しに出逢いつづけぬ テーブルの脚のくらがりひそかなる沼ありてひたす日々の足裏を 陽光はまずしき窓に打ちあたり展かるる目のなかの教会 夜(よる)の窓にすきとおる胸を沿線のしろき…

閏日の黒岩沢に日はおよび角まだ若き鹿がたたずむ 庭野摩里 子の背丈標せし柱のある家に雨ふりおらんしずかな雨が 村山千栄子 キルケゴールの語源を問えば教会の庭なり即ち墓地の謂なり 宮田長洋 きさらぎは戊寅(つちのえとら)の日のひかり犬と人とが乳を…

生き物はなべて嫌ひといふ母のいかにかいます春の明け暮れ 平居久仁子 帰宅せし解放感に脱ぎ散らす服しみじみとふるさとぎらい 古本史子 封筒を湯気にかざして開きたる女がありき古き映画に 若尾美智子 老いびとら秘密指令に従ふごとリュック背負ひて無人駅…

敗者ではなく被害者の顔になる福原愛は試合に負けると 西尾睦恵 如月の人体模型の骨盤の蝶にあふるる性欲のあり 安斎未紀 わが両手ふいに払ひて息たえぬ癌病む夫は吹雪く夕べに 菊池尚子 ぶらんこを高く漕ぐとき子が不意にこの世の外にゆく心地せり 菅八重子…

オリーブの葉裏の白さ思はせて屈伸の膝ポキポキ鳴りぬ 篠塚涼 加湿器の湯気のながれてわが生の秒針震ふ如月の夜 谷垣恵美子 温もれば舌やわらかになる君に夜はしらしら髭けぶりきぬ 佐山みはる 若草の色の雪かきスコップが四角四角に雪を切りゆく 吉岡馨 オ…

ちちははの私邑秘奥に咲く花を知るゆゑわれはうまれ来りき みどり児の私邑秘奥の景にふる骨のちちはは、雪のごとしも わたくしの私邑秘奥に咲く花を知るまなざしで仔猫よぎりぬ じやりじやりと黄砂が混じる中国製冷凍餃子を食む風邪心地 10杯のグラスの水と…

釘を踏んでゆるゆる薄くなってゆくタイヤのごとし何もせぬ日は 今井千草 耳ぞこに絹糸一本はりおきて降りつむ夜半の雪の音きく 寺島弘子 沈黙の臓器のごとき地下鉄のホームに夜が青ざめてゐる 倉益敬 鬱の字の木と木の間(あひ)に缶は立つ冬のをはりの雨溜…

東京にオリンピックを欲る者は行けや昇れやエスカレーターの右側 谷村はるか おおいなる団子虫なるか団塊と名づけし奴が気に喰わぬなり 青柳泉 一杯の珈琲のためベートーヴェンの数へし豆の六十三粒 竹浦道子 陽だまりを掌に掬うごと住み継げる集落のあり一…

ももいろとピンクの違い 桃谷と桜ノ宮の違いを思う 津和歌子 東京は出せそうな勇気出せなくてやっぱり結局積らない雪 冨田真朱 名も知らぬ観葉植物かざっても変化を求める会社にはなれず 森直幹 報道は襷の重さを唱へつつふらつくランナーをアップに映す 郄…

開襟の体操服にかそけくもむなちゆれつつ少女にありき 弘井文子 栗木京子の目鼻誰かに似てゐたりすなはち鳥毛立女が浮かぶ 野上佳図子 突然の上司の死により落着となりたる一つにセクハラもあり 小野さよ子 わが髪にちひさき木枯らし宿りゐて髪梳くたびにせ…

病猫鬼なる物の怪に贈る歌 伊波虎英 冬の夜に熱き蹤血(はかり)をひきずりて病猫鬼(びやうべうき)来よ、われと眠らむ ただ寒きばかりに卑屈なる心(シネ、シネ、…「死ぬな」…)温(ぬく)めておくれ ヴェランダの朝に震へる二槽式洗濯機かなし猫とおもへば

書きなぐり書きなぐりても詩は白き偽装再生紙を汚すのみ マスクして歩けばメガネ直ぐくもりメガネ外せばぼやけたる街 境内でひなたぼこする老人の指におみくじ結はへてありき 忌門(いみもん)を開けたるごとき音させて咽喉を鳴らせりしばしうがひに 崔洪万…

丹念に紐を巻きつけゆくことを楽しむ独楽を回すことより 鶴田伊津 短歌人会員2欄にただ一度勝野かをりの名のありしこと 大橋弘志 絨毯につまさき半ばしずませて素足に聞けり冬の訃報を 阿部久美 観覧車きしみ激しくとも回れ自業自得の地に降りるまで 八木博…

誰が死んでも花にも星にもなれなくて「ごんぎつね」ただ兵十が泣く 西橋美保 耳近くやさしい言葉云うときにあなたはかすかにかすかに訛る 谷村はるか 暗闇が届くところにあったころ生まじめな父は蛍であった 梶田ひな子 川に降れば川となる雪人生に無駄な出…

大いなる象の背中にゆっくりと冬の日だまりはこばれてゆく 荒井孝子 杖を持つふたりの人がバス降りて杖二本持つ人ひとり乗り来(く)も 川井怜子 カーテンのあらき織り目に数時間おくれの朝が行きなづみたる 松野欣幸 始業の日小緩き坂の自転車に冬の朝日は…

暁の四方(よも)の紅葉のただなかに緑の賢者楠の樹は立つ 松岡建造 日の落ちて寄せては引きゆく波際に黒ずみてなほ黒く立つ人 田上起一郎 村田兆治139kmを今も投ぐ腕高く吾は冬の窓拭く 吉岡馨 砂の匂いこぼす男の眠りさえしずかに運ぶ東京メトロ 砺波湊 雑…

「メヌエル」多田零 メニエールよりもメヌエルがふさはしいかかりてみればこの病ひとは おもてには車の音す雨の夜のとばりに傷をつけつつ走る しろき花瓶はわがてのひらに運ばれてふと愛玩のうさぎのごとし 「大晦日まで」岩下静香 雪ふれば雪ダルマという単…

孤独なる男振りたる電球のフィラメント鳴り極まる秋ぞ 親指とひとさし指でこめかみを同時に指せば飛ぶ輪ゴム弾 くれなゐの輪ゴムを部屋にばらまいて眠らむ今宵、自死さながらに コインパーキングだらけの街にふる鴨脚(いちやう) 先腹(さきばら)さらば追…

感情はふたひらみひら降り沈む或る日はもみぢ或る日は雪と 春畑茜 現在地 おまへはここにゐるといふ案内板ありわが目の前に 松村洋子 耳はまだきこえてゐると葬儀屋に促されつつ死者に礼いふ 寺島弘子 ゴッホはメニエル病であった、という説もある。 おもは…

露出計すこし狂って白すぎる陽射しの中にシャツの胸ある 谷村はるか 拾い来し紅葉が机上で反り返る秋から冬への舟の形に 東海林文子 なにがなし気後れのしてとほくより師に憧(あく)がるるをよろこびとせり 原みち子 新仮名で吉川宏志が歌を書くことに気づ…

ときわ木も冬の色めくわが庭にひそかに佇たすヴィトゲンシュタイン 久保寛容 正論でこの世を生きてゆけるなら 夕餉のキムチ鍋の混沌 近藤かすみ 垂乳男といふことばこそかなしけれあばら骨うく老いたるアダム 松野欣幸 お守りの如く持ちゐる末の息子(こ)の…

魔法のごと夫の獲りくる大根にみじんも泥が付いてはおらぬ 高木律子 つきつめて言へば私も産む身体灯ともる鳥屋(とや)に鶏(とり)は眠りき 田宮ちづ子 骨と骨ぶつけるやうに畳まれて不特定多数のスチール倚子よ 篠塚涼 眠たげにぐずり泣く子をおもわせる…

影踏みの影がない、ない またひとり少女が居なくなる夕間暮れ 道々に防犯灯を殖やしつつ降誕祭をわれらは待てり 月夜霊(つくよみ)の涙にふやけ波打てる週刊写真誌表紙の女 おほくちの真神(まかみ)獣舎をひたぶるに回(めぐ)る安息日朝十時 噴水は水霧(…